他人の資産額ではなく自分の資産額に目を向ける


他人と自分を比較して優劣を感じがちですが、他人と比較すること自体が不幸な行為です。
他人と比較することは不幸なこと
以下のブログ記事を読み共感しました。
「総じて、普通の人間性の特徴の中で、『嫉妬』が最も不幸なものである。それは、自分が持っているものから喜びを見出すのではなく、他人が持ってるものを奪いたい、他人に災いを与えたいという感情だからである。
また、他人と比較してものを考える習慣は、致命的な習慣である。『人は人、自分は自分』と割り切って、何でも楽しいことが起これば、目いっぱい楽しむべきである。」
思うに、日本は横並び的な教育をさせられてはいますが基本的には幼少期から競争社会の中で生きています。勉強やスポーツでの順位、受験、就職、出世等、所謂一般的なモデルケースの中では競争する対象が異なりはするものの常に何かしら競争状態の中にいます。学業であれば勉強についていけなくなった子は反骨心から非行に走り、所謂学業という競争の中ではドロップアウトすることになります。また進学でも同じように勉強してきた友達の中でも結果的に進学先の偏差値で優劣がつけられます。
高偏差値の学校では大企業への就職率が高くなります。これは採用側からすると当然で少なくとも勉強という努力が出来る子の証明になるからです。しかし、ここでも皆が理想的な職業に就ける可能性は低く、大半が業界や業務内容、待遇に妥協しながらも生活のためにどこかへ就職します。もちろん就職をしない、もしくは出来ないという人も一定数高偏差値の学校からも排出されます。
そして、大企業に就職した後も出世競争が始まります。ここは会社によって評価の軸が異なるところではありますが、一般的な日本企業であれば、誰よりも働き、誰よりも目立ち、上司に好かれる人が出世していくように思います。
私自身の人生は競争に負け挫折の連続でした。学業に躓き高校中退、その後社会人を経てからなんとか国立大学に進学、就職に失敗し妥協して入社、その後転職して大企業に入社するも出世が絶望的であるため転職し、現在FIREを目指しています。
特に大企業在籍時は仕事自体は緩く、給料もそこそこであったため普通にしていれば人並みの生活を過ごすことはできました。しかし自分が入社した時のグレードが低く、同年代と比較して昇格するにはかなり時間がかかることがわかりました。また出世していく同年代よりも働いているつもりなのに人事制度の限界で昇格できないといわれたときに退職を決意しました。この選択は間違いなく他人への嫉妬によるものです。選択としては間違っていなかったとは思いますが、他人と比較してかなりの劣等感を感じたため退職しました。
FIREにおける嫉妬
資産運用においてもある意味自分の資産と他人の資産を比較してしまうことがあります。同年代で同じような家族構成なのに、この人は持ち家で資産も自分の倍以上。大企業で緩く出世して給料も高く、いつでもFIREできるような人をみると正直羨ましいなと嫉妬してしまいます。
しかし、結局は自分や家族がどのように過ごしたいかが最も重要なことであり、他人が順風満帆だからといって自分が不幸になる要素は全くありません。勝手に嫉妬や劣等感を感じているだけであるため、このような感情を持つだけ損だなと思うようにしています。資産も当初は1億~2億円は必要かと考えていましたが、最近は最低7,500万円あれば我が家のFIREができるボーダーラインと気づき、目標額も下げました。単純に資産が多ければ安心は買えますが結局はどのように過ごしたいかというそれぞれの家庭の事情によるところが大きいと思います。
これまで派手な生活はしてきておらず、生活レベルも大して高くはないため生活コストも低い方だと思います。私は自分自身の幸せではなく、他人に尽くすことで幸せを感じることが多いです。今の目標は妻と子供が幸せに過ごせればよいと考えています。欲を言えば犬を飼いたいです。このような生活を実現するために他人の資産や地位等は全く関係ないです。自分が決めた目標をまずは愚直に達成することに目を向けたいです。
再見!