「なにもしない」のも才能


仕事しない代わりに家で暇を潰し続けろと言われても地獄ですね
なにもしないという才能
Abemaの番組でひろゆきが何もしないのも才能である。といったことを発していました。番組では無職で田舎暮らしの人の生活を取り上げた内容でしたが、人と関わらず、また何もせず過ごすのは凄いことではとのことです。
確かに人との関わりがストレスでそれがFIREのきっかけの一つだったとしても、田舎で誰とも交流せず、ただ時間を消化するというのは耐えられないです。最近は動画配信サービスなどで余暇を過ごしている人が多いですが、ただ無駄に時間を消化しているだけであり個人的には発狂ものです。昔からゲームは好きなのですがゲームに熱中した後の「今日何か生産的なことしたかな、、」という失望感をよく感じるので長時間動画見て過ごした日は後悔しますし、そんな人生は望みたくはないです。
所謂リーンFIREと呼ばれる生活費を切り詰めてFIREする人たちは如何に生活コストを抑えるかを考えます。支出をできるだけ抑えることで月々の不労所得のハードルを下げてFIREします。ただ、常にどうやって生活コストを抑えるのかと考える日々でアグレッシブなイメージはあまりなくそのような人生を本当に望んでいたのか疑問になります。
冒頭のAbemaで紹介された無職の人ですが、結局田舎で引きこもるとやはり人肌寂しくなるようで自ら動画配信などを行うことで他人との交流を広げています。また無職と言いながらも1日に数時間は収益のために好きではない動画配信をやっているようです。サラリーマンを辞めてFIRE的な生活に行きついたものの、結局やりたくもないことで収益を稼ぎ、また人里離れた田舎を選択して住んだものの、他人との交流を求めることにいろいろ考えさせられます。
FIREを考える際に、突発的に目の前の嫌なことから逃げることを目的に行動した際、その先には本当に自分が望んでいる未来があるかは疑問です。嫌なことをいつまでも我慢する必要は無いですが、よく考えて行動したいなと思います。
再見!