1億円貯めたら人生変わるのか


最近は、どうやって資産を増やすかばかり考えていて、頭がいっぱいになっています。同時に、「サラリーマンを辞めたい」という気持ちも大きな動機の一つです。資産がそこそこ増えてきた今、1億円に到達することも、そこまで遠い未来ではないと実感するようになりました。
昔は、1億円の資産を築くことが目標であり、夢でした。1億円あれば、少なくとも仕事を辞めることができ、悠々自適に暮らせると思っていたからです。ただ、家族が増え、家も買い、物価も上がってきた今、1億円を原資にしても、楽観的に考えてなんとか生活できるかな、という程度の感覚です。
仮にサラリーマンというストレスから解放されたとしても、今度は市場や世界情勢の変化によって自分の金融資産が日々変動するストレスに耐えられるのか、とも考えます。FIREを達成したとしても、それはそれで新たなストレスになるのではないかと想像しています。
資産を増やすこと自体は、時間を味方につければ誰でもできることだと思います。特に最近は、優良な情報にもアクセスしやすく、運用コストも安い。少額から手軽に始められるため、若い人ほど時間を味方につけて、着実に将来の資産を増やしやすい環境になっています。昔は「投資は怪しいもの」と考える大人が大半だったと思いますが、今はどうでしょうか。
金利が少し上がってきたことで、いまだに銀行の定期預金こそが正義だと考える人もいるかもしれません。しかし、それ以上にインフレが進めば、円という資産の価値は相対的に目減りします。結局のところ、どんな形であれ、誰もが自分の資産を何かに投資している状態です。定期預金を選択している人は、「円にフルベットする」という投資スタイルを選んでいるにすぎません。どんなスタイルであっても、定期預金という投資スタイルを含め、時間があれば資産を増やすことはできます。より効率的に増やすのであれば、株式を選択する方がベターだという違いです。
ただ、数十年かけて構築した自分の金融資産に対して、虚無感というか、圧倒的な物足りなさを感じています。
うーん。圧倒的に稼ぎたい、どうすればええんや
— 台湾啤酒/VYM607株/JEPQ87株(目標235株) (@thcom_tw) 2026年4月23日
投資で資産を増やすことは、一つの選択肢として良いと思います。ただ、結局は質素倹約が続き、1億円程度の資産を築いたその先も、何かドラスティックに人生が変わるわけではなく、これまでの生活がそのまま延長されるだけなのではないかとも考えます。
サラリーマンから解放されるという意味では、大きなストレス軽減になると思います。しかし、先ほど書いた通り、今度は投資資金に対する不安やストレスに置き換わるだけなのではないか、とも思うようになりました。結局、何が言いたいのかというと、「稼ぐ力」が最も重要だと改めて感じている、ということです。それも、サラリーマンとして稼ぐ力ではなく、一個人の力量や裁量で稼げるスタイルを確立すること。それこそが、自分にとっては最もストレスの少ない状態なのではないかと考えるようになりました。
これをFIREと呼ぶのかどうかは分かりません。ただ、FIREの根底には、「自分で自由に人生を選択できること」があると思います。そういう意味では、自力で稼ぐ力を含めた、ある種のサバイバル能力のようなものが、今の自分には最も必要なのだと思います。圧倒的に贅沢をしたいわけではありません。ただ、残金を気にせず、たくさんのことに使っていきたいとは思います。そのためには、資産運用だけに注力していても限界があります。それよりも、圧倒的に稼ぐ力の方が重要であり、人生をより自由で豊かにしてくれるものだと思います。
理想としては、今でいう副業的なスタイルから始め、いつしかそれが本業になり、最終的にサラリーマンをリタイアすることです。ただ、なかなかそれがうまくいかないことにもどかしさを感じています。個人のスキルとして、IT系の領域にはそこそこの強みがあると自負しています。しかし、その能力を商品化・サービス化するのが難しいと感じています。あまりやり過ぎると本業との競業状態になってしまいますし、時間を売るような働き方だと本業の延長のようになってしまうため、あまりモチベーションも上がりません。
ふと思いついたことをそのまま書いたので、文章がまとまっていないです。ただ、一番主張したかったのは、金融資産の運用だけで資産を築いても、どこか虚しさが残るのではないかということです。そして、人生が劇的に変わるわけでもなく、結局お金を気にしながら生活するのであれば、それは新しいストレスになるだけなのではないか、ということです。
だからこそ、資産運用以上に「稼ぐ力」が必要だと痛感してしまいます。ふと思ったことを、つらつらと書いてみました。